家単位で1つの石塔を使う「〇〇家の墓」は明治以降の文化?!

お墓

家単位で1つの石塔を使う「〇〇家の墓」は明治以降の文化?!

投稿日:2018年12月23日 更新日:

お墓は、納骨する場所であり装置である

そもそもお墓とは何でしょう?遺骨を埋める場所?手を合わせる場所?お墓に対する考え方は人それぞれだと思いますが、法律(墓地埋葬等に関する法律)では、次のように記されています。

「墓地」とは、墳墓を設けるために、墓地として都道府県知事の許可を受けた区域をいう。
(※都道府県知事の権限が委譲され、市町村長が墓地経営の許可を行っている)

「墳墓」とは、死体を埋葬し、又は焼骨を埋蔵する施設をいう。
(※墳墓はお墓の1区画のことを指す)

法律の解釈をまとめると、お墓とは死者もしくは遺骨が納めらている場所、およびその装置のことをいいます。装置というのに違和感を感じる人もいるでしょうが、それは遺骨が納められていなくてもお墓としての役割があったり、カタチとして、機能として存在するものであればお墓といえるからではないでしょうか。

お墓というと、縦長の石塔が台の上に積み重なっている和型のお墓をイメージされる方が多いでしょう。石塔の中央には「〇〇家の墓」という家名が彫られていたり、「南無阿弥陀仏」「南無妙法蓮華経」「倶会一処」等の宗旨・宗派に応じた言葉が刻まれていることもあります。

このようなタイプのお墓は古来より伝統的に脈々と続いているものかと思っている方が多いようですが、実は明治以降に急速に普及したお墓の歴史の中では比較的新しいスタイルです。

それまでの日本のお墓は、地域よってさまざまですが、次のような形で埋葬(昔は土葬が主流)されるケースが多かったようです。

・死者のあるたびに個人ごとに山野田畑の一角に埋葬する。
・家ごとに屋敷近くや山野の一角に墓地を設けてそこに埋葬する。
・同族単位もしくは複数の同族で山野の一角に墓地を設けてそこへ埋葬する。
・近隣関係にある複数の家々で山野の一角に墓地を設けてそこへ埋葬する。

「両墓制」「男女別墓制」など現代とは違う墓制

シンボルとなる石塔については、1人の死者に対して石を置く程度のものから、埋葬する墓地とは別の場所に「詣り墓」といわれる石塔を建てる地域も多く存在します。ご遺体は集落から離れた山の中に埋葬するようなところでも、お参りする場所は日常的に行ける場所が良いという願いからなのでしょう。このように埋葬する墓地とは別の場所に石塔を建てる墓地を設ける墓制のことを「両墓制」といいます。

また、埋葬する墓地を男女で別々にする「男女別墓制」や、亡くなった年齢を基準として埋葬場所が決まる「年齢別墓制」など、集落の中で墓に関する決まり事を設けている地域は各地にあります。

「墓は不要」とする「無墓制」地域もあった

火葬の広がりとともに、石塔の下に納骨室をつくり納骨する方法が急速に広まりましたが、それでも近年まで遺骨を放置したり散骨したり墓地をつくらない例も近畿地方・中国地方の一部で見られています。これを「無墓制」といい、特に浄土真宗の門徒が多いエリアに多くみられる墓制だそうです。

現代のお墓は多様化しているといわれていますが、過去を紐解けば、地域によって様々な弔い方があり、多様性という面では現代以上といえるでしょう。私たちは「墓とは何か」を問いただし、何を次世代につないでいくべきなのか改めて考える時期にきていると思います。

参考:新谷尚紀編、関谷まゆみ編「民俗小辞典『死と葬送』」吉川弘文館

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編集部

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